1/15/2008

Do The True Dreams of The Best Friend? #8

ここまで様々な視点からBとのやり取りでの問題点を探り、様々な要因があることが分かった。それらの要因は全て異なる範囲での要因だが、これから生きていくうえではそんな限定的な範囲の改善も役立つ時が来るかもしれない。

はっきり言ってしまえば、最後の考査はかなり強引だ。今回の件の計画、実行、舵取りなどの役割はほとんどBが担っており、また、それまで彼は自分を偽り、相手に悟らせなかった。そういったある程度支配されていたという条件、話の前提を無視した上での考査。こういうものは意味が無いと僕に言う人も過去にいた。が、これは僕のやり方、経験則だ。

僕はあらゆることを自分で解決したいという欲望を持っている。それ故に、自分でも分かるほど人よりも歩む速度が遅い。これは対価の問題だ。普通の人が気にも留めないことに関心を持つ、そこに価値を見出している。Lifehackだとか車輪の再開発だとか、そういったことを気にしている人達を横目に僕は時間を浪費し、車輪の再開発をしている。他の人が何故そこで立ち止まらないのかは分からないが、そもそも行動の目的が違うのだから、人に合わせる必要は無いのである。これが僕の生き方だ。

Bは人に頼ることが自立だといっていた。この考えは僕の生き方とは相反する思想だ。もともと共存することは難しかったのかもしれない。もっとも、僕は正反対の思想の持ち主と共存することは、そんなに難しいとは微塵にも思わないが。

なんにしても、僕側の改善点も見つかったので一段落がついた。しかし、問題はまだ残っている。僕がコミュニティに排除された要因の分析がまだ不十分である。このシリーズの四回目で、僕はアノミーという用語を使って一応はこの問題を上手く説明しているが、このこの用語も所詮は他人が生み出した借り物の言葉。これでは何も解決していない。

一次情報と二次情報という概念がある。このページによると、“一次情報が報道や報道資料、二次情報はその手がかりとなる情報”とあるが、二次情報の一般的な使われ方としてはこちらのページにあるように、“一次情報や二次情報を要約したもの”のほうだろう。

二次情報はその定義の通り、人の手が加えられているので、基本的には一次情報のほうが価値が高い。しかし、それが事実かどうかとなると話が別だ。何故なら、そこには必ずどこかで人の手が加えられているからである。

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